本を読み尽くしたブロガーが天狼院ライティングゼミ受講生になる理由
こんにちは。
天狼院という素敵本屋さんが開催しているライティングゼミを4万で4ヶ月受講することに決めたなおです。
あらゆる本を読み尽くした私がなぜ身銭を切ってゼミで学ぶことを決めたのか。心の動きとともに書いていきます。
もう学びつくしたかなと思っていた。
私は中学3年生ごろから読書に目覚めた。当時通っていたエリート私立中学で、読んだ本の感想を書いて提出する読書ノート、というものが存在していた。これが好きでもなんでもなかったが、ある時電車の帰り道、席に座る人たちがことごとく本を読んでいる場面に直面した。そこでそれまで全く読まない方だった私はふと思った。「たまたま電車に居合わせたこの人たちがみんな本を読めるなら、別に私でも読めるんじゃないかな。」
そこからはなぜか速かった。今までの先生からの酷評の読書ノートを見返してやるかのように、様々なジャンルの小説を読み漁った。好きなジャンルがまだないから、とにかくなんでも読んでみたのだ。
そんなふうにして中高時代は主に小説を読み尽くした。
大学生、社会人になってからは、社会や実業への興味からビジネス書、成功者のドキュメンタリー、経営、マーケティング、コピーライティング、営業、心理学、脳科学、学習法、教育、経済、このあたりを読み尽くした。
何千冊読んだだろう。それぞれ面白く、今でも本が大好きだが、いつしか新しく読む本はどこかで読んだ本のあそこに書いてあったな、と思うことばかりになった。本を読むより、もう自分はそれを活かす段階なのだ、と思ってからは事業らしきものをしてみたり、こうしてブログを書いたりと、本をめくることへのウエイトを減らし、実社会に知識を役立てることに尽力していた。
こんなに読み尽くした私は世の中の文章を以下のように読んでいる。
つまり、ここまで読み尽くした私が文章を読む時、この一文は◯◯効果が使われているうまいなあ、この人のここのコピーライティング、読みたくさせるテク満載だなあ、と、その人の力量を思う存分、言葉に落としまくりながら読んでいる。
だから今回もfbで天狼院ゼミの広告を見た時、ああうまいなあ(笑)、一回このくらいのわっかりやすく引き寄せる文章書いてみようかなあ、などと思っていたのだ。
こういうふうに書ける手法学べるならありかな、と。だが、受講の決め手になったのはその巧妙に書かれた広告ではなかったのだ。
天狼院ライティングゼミの受講を決めさせた、受講生の記事たち。
文章に対して目の肥えた私の心を捉え、何日も頭から引きはがせず苦しめたのは、受講生や、天狼院店員さんの執筆記事だった。(リンクから、ぜひ読んで...!!)
全部本かと思うほどうまいのだ。というか私なら全然お金出して普通に買う。1人が飛び抜けてうまいとかではなく、みんな一定以上に軒並みうまい。ブログのように読みやすい工夫がされているわけでもなく、画像が使われているわけでもない。なのに、ぐいぐい読んでしまうのだ。それこそ本当に文章一本で読ませてくる文章だった。
そして考えた。これからも私は記事を書いていくだろう。偉大なブロガー、アフィリエイターさんたちから、学べるだけ学んで書いていこうと思っている。ある一定のレベルになれるだろうことは想像がついていた。でも、私は、天狼院の人たちみたいな文章が書きたい。別になんのためになることが書いてあるわけでもない。1人のエピソードがあるだけ。なのに読みたいから読んだ。将来本を出すことが目標の私は、もはや本能レベルでそのライティングスキルがほしいと思った。それさえ学べたら、ブログでもなんにでも落とし込むことはできる。もっと、今の自分じゃ書けないほどの、読ませる文章が書きたい。今よりもっと、読んでくれるいろんな人の心を動かし、揺さぶりまくりたい。
そんなふうにして受講を決めました。
文章を学べる機会があることが、とてもとても楽しみで嬉しい。
特に、週1課されるコンペが楽しみ。
まだいけるみたいなので、10月開講のライティングゼミ興味ある人はこっから詳細などどうぞ。
受講で上がっていく読ませる力に期待しててね♡(自分にプレッシャーをかける)
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じゃあまた。
なお
田舎フリーランス講座後の、体と人生と向き合う決意。1人じゃない。
こんにちは。
本当は別で書きたい記事があったのですが、最近いろいろ考えて行動を始めて。あとで自分が読み返せるように、今の気持ちを書いておくことにしたなおです。
社会人になってからの一番の人生の転機となった、田舎フリーランス講座(いなフリ)の棚卸しを、忙殺されしきれていないのがずっと心残りだったので、少しずつ書いていきます。
- 5日間くらい倒れて、体のことを本気で考え、変えた。
- 買い物に出かけて自分の欲求の変化に気づいた。
- キャリーケースから4枚の紙と、とある色紙を出して決めた。
- 今までは、ずっと1人で走っていると思っていた。
5日間くらい倒れて、体のことを本気で考え、変えた。
前の記事にも少し書いたように、ワーホリ先での食生活がもとで完全に体調を崩し、ずっとほぼ横になるだけの生活をしていた。そんな体調だから、書こうにも書けず、せめてインプットをしようといろんな方のブログを読み漁った。
そこにはたくさんの先人の知恵や努力の結晶があって。ブログのマネタイズをわかりやすく書いてある、全記事私のために書かれたのではないかと思うほどのクオリティのもの、他の人のブログにこれ以上ないほど的確にアドバイスしているものなど。自分にはまだ知らないが必要な知識、マインドが多すぎ、刺激や栄養となることを超えてぐさぐさ突き刺さった。
そして思った。こんなに学びたいこと、実践したいことがあるのに、倒れている場合じゃない。自分のことをもっと管理できるようになろう。
そうして今日からゆるやかに自炊を再開し、体を壊すもとであったコンビニ食を減らすことに決めた。まずは自分にいいもの食べさせてあげよう。体がよくなかったら、なんにもできない。めんどくさいからと食生活を犠牲にしまくっていた自分に、今まで持てなかった意識が生まれた。そしてそれを、今日から行動に移した。完璧じゃなくていい。でも、1日1食は手作りして、前よりはよく生きよう。と、決めた。
買い物に出かけて自分の欲求の変化に気づいた。
今日、寒くなってきたのに長袖がいっさいないことに困り、生きる最低限の服を買いに行こうと数ヶ月ぶりに買い物に出かけた。でも、長年通いつめていた駅ビルたちにはなんとなく入らなかった。以前は一着一着店舗を巡り何万も使って買うことが一番の楽しみだったのに、今日は早くブログを書きたいからと、あらかじめ決めていたプチプラのファストファッションの1店舗のみで済ませた。ひとしきり生きていけるだけは買えたが、合計1万も使わなかった。
今は消費して楽しむことなんかより、ひとつ上の段階に行けたのだと実感がある。私には、生み出すこと、学ぶことのほうが楽しい。消費生活をするより、もっともっとアウトプットがしたいのだ。だから、着飾るものにさほど興味がなくなった。今はこうしてパソコンをたたいている時間こそ、世界の一切の音が消え、一番集中して充実していると感じる。
キャリーケースから4枚の紙と、とある色紙を出して決めた。
いなフリが終わって即日、淡路島に発っていた。その間わずかな時間のパッキング作業の中で、いなフリの最後に全員からもらった「今後これをやるといいよ。の25個×4枚」と、「全員のメッセージの書かれた色紙」をキャリーに入れていた。淡路島でただ1人で完全にゼロからイチをいくつ、お店のために作って実際に走らせるところまでいけるか。他業務で業務時間が全部終わり、全く時間が取れない中でもそれは達成しようと。2週間で常に考え葛藤した時、何度もこの色紙を読み返した。
「ビジネスやると決めたのはなおちゃんがケツ叩いてくれたから。ありがとう。」「人の良いところをたくさん見つけられるなおちゃん。あなたの言葉に私は救われっぱなしでした。」「プロブロガーになってほしい人生です。」「頑張りすぎなので適度に、というか自分が思っている以上に休んでください。人からの期待とか無視してええよ。俺みたいに肩の力抜いて。」「自分の選んだ道を正解にしてください。」「ブロガーは本当に向いていると思う。」
書ききれないほどの一生読み返したい言葉があって。私はいなフリでだれかのためになれたんだ。だったらこれからもなれる。ブログに期待してくれている人がこんなにいる。さあ書こう。休んでねって言ってくれる人がいる。(最後のだけ一部書かせたけどw)
東京に帰って体もやっと落ち着いた今日、前まで机に貼っていた「恩師」と思っている人からの教えを剥がした。その人は、たくさんの人を幸せにする姿で、「私もこんなふうに人を幸せにしたい」と、撮影の事業をする希望をくれた人だ。今もこれからも恩師だと思っている。でも、今日それを剥がしてかわりにいなフリのメンバーからの色紙を新しく貼った。自分の段階と、目指す世界が変わったのだ。最終日に言ってもらった、「ブログとアフィリエイトだけで行け。」の2軸をちゃんとやっていく。そこに集中するために、毎回色紙が目にとまるように貼った。
今までは、ずっと1人で走っていると思っていた。
受験も部活も結局個人の力量になる。事業は仲間もお客さんもいたが最終決定は自分。いままでいつも、周りの支えをどれだけ感じても、やっぱり自分は最後には1人だと感じていた。いなフリから帰った後から、そんな心境は少しずつ変化した。正直ライングループの盛り上がりとかどこかで途絶えるだろうって思っていた。でも、だいたい毎日だれかの更新やネタでやりとりがある。ブログやライティング、それ以外にも自分のなりたい方向にみんなそれぞれ向かっていた。記事をシェアしあったり、激励しあったり、死ぬほどくだらないコメントやリプがあったり、また何人もに再会できたり。そんなほんの些細なことの積み重ねで、人生1人だと思っていた孤独感を最近感じなくなった。10期の一人一人がいてくれることが、どれだけ自分を安心させ、のびのび頑張らせてくれるか痛感した。
ここまで人生や考え方をまるごと変えてくれたいなフリ。でも書かなければ伝わることはないと思って、今やっと100%文章にできて、ほっとしている。
私は、「いなフリの10期です。」と、これからも数え切れないほど言い続けるだろう。
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連動して書いた、いなフリ10期みんなのエピローグはこちら。
じゃあまた。
なお
田舎フリーランス講座10期のエピローグと、当時を振り返る記事。
こんにちは。
今日まで比較的エッセイのなおです。2ヶ月家を空ける怒涛だった人生がひと段落したので書きます。
- 千葉県で1ヶ月間、田舎フリーランス講座の受講生として暮らした。
- 私はいつも、自分の限界がわからない。
- 自分はどうやら、いなフリの序盤に、こんな記事を書いていたらしい。
- そんな経緯もあって、最近感じた、「周りの世界の変化」を書き記しておきたくなった。
- ところで、日本には昔から、「言霊」という言葉がある。
千葉県で1ヶ月間、田舎フリーランス講座の受講生として暮らした。
都内に帰った即日淡路島へ発った。島の飲食店で2週間思う存分ゼロイチをやらせてもらった。
ほぼぶっつづけ休みなし(休みはあっても、ツアーや外出で体は稼働していた)の生活の終盤は、当然のように体調を崩し、終わったあと最後4日くらい淡路でも東京でも倒れていた。
私はいつも、自分の限界がわからない。
わからない、というよりアラートは働くが、そのアラートに従う術がない。オール洋食だけの2食のまかない、そうでなければコンビニ食、こんな食生活ではたいして丈夫でもない自分の胃が死んでいくだろうと想像がつく。わかるけど、最後までどうしようもなかったから結局午後19時くらいまで今日も倒れて、やっと「あ、明日からはきっと動ける。」くらいになって筆を取っている。
そんなふうに私がブログを書いたり書けなかったり、の状態の中、周りの世界は動いていることを確かに感じていた。私があまり動けなくても、いなフリの同期たちが少しずつ自分の思う方向に、彼らの世界を動かしていっていたから、私はなんだか安心して、休んでいいや、また元気になったら動き出そう、と思えていた。
自分はどうやら、いなフリの序盤に、こんな記事を書いていたらしい。
ただ好きだった撮影が人とシェアしたら生涯やり続けたい仕事になった | 人生の転機.jp
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人生の転機.jp | 人生の転機を共有して人々のドラマを分け合うブログです。
ようやく公開され、当時はこんなことを初々しく綴っていたのかと、人生の1地点での全力を思い返した。この時から約1ヶ月分の時が流れ、やはり当時と今の目指すところは少し違う。常に変化してもいいのだと思う。昔は一貫性のようなものが欲しかったが、今では変化はよいことだと思えるようになった。
そんな経緯もあって、最近感じた、「周りの世界の変化」を書き記しておきたくなった。
人生の中の1ヶ月を共に暮らし、一緒になにかを探し求めた人たち。彼らの変化を、少しだけ私の言葉で綴っておく。
淡路島のワーホリを紹介したら、ほんとに来てくれたけんちゃん。
夜まで仕事もある中、なかなかのペースで互いに好き放題ブログを更新し続ける。けんちゃんの緻密に考えられた構成、笑いの虜になるのか、星の数、読者の増加数が毎回桁違い。本人の実はあったかい人柄をよく知る1人として、帰った今もブログ毎回楽しみでしょうがない。本人が愛読しているような漫画の世界みたいに、けんちゃんのブログは絶対、伝説になるよ(笑)
いなフリ中にブログはそこまでという感じだったのに、帰った途端ブロガーになっていくりょうさん。
これは意外すぎ、人のブログを読むのが大好きな私にとって、いい意味で裏切られとても嬉しかった。りょうさんの、特に教育論や生い立ちを読むのが好き。教育に思いを馳せるところは自分と似ていながら、それを行動レベルで世の中にシェアしていくりょうさん、これからもちょくちょく書いてね。
行動力抜群。面白そう、をなんでも即決していくあやさん。
秋田のサテライトオフィスお試し宿泊も、地域仕掛け人とのマッチングイベントも、お誘いしたら秒でのってくれたあやさん。自分の軸がすうっと通っていて、相変わらずかっこいい。オフラインでこうしてこれからも会っていけるのが楽しみでしょうがない、嬉しくてしょうがないんです。
サイト制作の腕をガンガンあげ、楽しそうに仕事の相談をしていたおっか。
昨日、ブロガソングループで誘ってくれ、1ヶ月以上ぶりに再会し、ランチして一緒に作業をした。いなフリ期間中から目を見張るスピードでサイト制作の勉強を進めていたおっか、知り合いの紹介で仕事を受注していた。楽しそうにその打ち合わせをしながらサイトを自由自在に操る姿がとにかく頼もしく微笑ましかった。おっかおすすめの本買って勉強して、後おっかけるからね!
スポーツライターの名を実現し、いろいろなメディアで書いていくたいき。
いなフリ中、互いの違いが引き立ち、なにかと意見を交わしたたいき。大好きな野球やサッカーを中心に、本当にライティングの腕をあげメディア掲載の知らせをグループで次々と報告してくれる。一番まっすぐ好きな方向に向かっているんじゃないかな。私はスポーツのことはあまりわからないけど、たいきの好きがつまった記事を読めるのが楽しみ、負けてられないぞといい刺激になってる。
こんなふうに周りが少しずつ変わっていって。いなフリの後に、本人のペースで行動を起こしていく人が周りに増えたと感じる。なんだかその変化が勝手にとても嬉しい。
ところで、日本には昔から、「言霊」という言葉がある。
その言葉によく現れているように、言葉は目に見えないが、強力な力を持つ。このことを良くも悪くも人生でなんども痛感してきて、何気ないたった一言でいくらでも頑張れたり、逆にものすごく傷ついたりもする。言葉を操るものとして、言葉の力で、ここに名前をあげさせてもらった人たちや、読んだ人たちが嬉しいな、頑張ろう、と感じてくれたらいいなと思って、書いている。いつも、だれかのために、ではなく、自分がただそうしたいからしている。私はこの先も人生、言葉の力を信じて、たくさんの素敵な言葉をかけて人を励まし続けるだろう。
どこに着陸すればよいかわからない文章になったけど。今いる世界は居心地がよく、一緒に頑張っていけるいなフリの同期たちが私の背中をいつも押してくれる。このことが伝わっていればいいなと思う。また人生のどこかの地点で、こういうの書いていきたいな。
私自身の、いなフリでの人生丸ごとの変化を書き綴った記事はこちら。
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なお
慶應卒ブロガーが、たった1人でも中学受験をした理由。
こんにちは。
昨日、天狼院という素敵本屋の方々の執筆記事を読み、感化されまくってエッセイが書きたくなったなおです。
ということで(唐突)以前書いた「高学歴が言われる、スペック高い、への違和感〜」の記事の反響として、「そもそもなんで中学受験したのかが知りたい。」ともらっていたリクエスト、そのままエッセイにしてお答えします。
いつものブログみたく見出しなんてありません。本です。エッセイです。さあどうぞ。
退屈しない場所って、あるのだろうか。
給食を食べたあとのけだるい午後の社会の時間、私はいつものようにそんなことを考えていた。
こんなふうに授業を受けることを、あと何回、続けなければいけないのだろう。
中学受験という仕組みがあることを知ったのは、偶然だった。「埼玉の公立小学校の中では1番」という程度には頭のよかった私に、クラスメイトが教えてくれたのだ。受験というものをすれば、このまま周りと同じように地元の中学に進むことなく、もっと難しい勉強のできる中学へ行けるらしいのだ。5年間、日々の授業で一番に解き終わり、「廣瀬天才〜」のコールを受け続ける日々に、とっくに飽き果てていた頃だった。
もともと自分たちの経験から、「娘は絶対私立に入れたい。」と考えていた両親は即座に賛成した。すぐに、歩いて50歩の場所にある、「江藤塾」に入ることになった。この塾で私は中学受験の1期生だった。
中学受験時代を思い返して一番に出てくるのは、漢字を1つにつき10個ずつ、四則演算を毎日20個ずつ、ノートに書いていた記憶である。学校の宿題を10分で終えていた私にとって、塾の先生が課すその2時間の勉強はとても長く感じた。毎日頭を漢字が飛び交った。
このあたりから、学校と習い事で完結していた退屈な世界が色を変えた。難しい問題が目の前にあり、知らないことがあればあるだけのめりこんだ。学校にはそんなものはなかった。周りのクラスメイトの話は耳に入らなくなり、学校にいる時間はどこか別次元に感じた。塾と勉強の時間だけが、私にとって退屈を感じなくてすむ、意味のあるものだった。
塾で私をつきっきりで見ていたのは、梅木先生という、ひょろっと背が高く、一橋卒業の、まだ若いがベテランの先生だった。そんな彼にとっても、中学受験の生徒を預かるのは初めてのことである。「最近夢によく君が出てくるよ。」と彼に言わせる程度には手を焼かせていたようだ。彼と私は毎日半日以上の時間を共にしていた。
模試の点数は常に悪かった。国算理社のうち、国語しかできなかったのだから当然である。算数に関しては毎日一行ずつ、黒板の意味を先生に紐解いてもらっていた。
そうこうしているうちに5年生の夏休みに入った。夏休み初回の授業で梅木先生は私に400字詰め原稿用紙を渡した。記述の練習でもするのかな、という考えはこの後大きく裏切られることになる。この原稿用紙と一夏かけて格闘し、戦友になるなんてまだ思いもしなかったのだ。
ってここまで書いて1,200文字くらいらしい。
エッセイ、ブログより注意すること多くて時間かかるぞ。でもこれ楽しいぞ。もっと書きたいのに見出しで区切らなきゃいけないブログに飽き気味だったから楽しかった。
これ続き書くのかな、読みたい人いる?
また書きたくなったら書くぞ。
んーでも次はもっとフィクション書きたいなー。
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じゃあまた。
なお
wordpress有料テーマ、ストークユーザーブロガーの没個性問題
こんにちは。
前々から、ワードプレスの同じテーマでブログ書いているブロガー多すぎないか...と思っていたなおです。
それについて1記事分の言いたいことがあるので言います。
ブロガーに大人気wordpress有料テーマ、「ストーク」
みなさん見たことありませんか....このタイプ...私は億万ほど見ました。
スマホから見やすく、記事の並べ方やカテゴリー、見出しなども見やすい。とにかく見やすくて使いやすい、カスタマイズ一切しなくてもほしいものが整っている。
このあたりが人気の理由です。はてなの私も、ストーク見やすくていいなあ、と思うことがあります。
ストークってレッドオーシャンじゃない?
それで。有名無名問わずいろんなブロガーさんのブログを読ませてもらっているのですが、ブロガーと名乗っている人にストークで書いている人があまりにも多すぎて思った。
「この大人気テーマで書くのって、ものすごいレッドオーシャンに自ら飛び込んでないか?」
すでに属性や得意分野、特化分野、自分のキャラがちゃんと築けている人はいいんです。
ただ。
- ぱっと見てなんの分野が強いのかサッパリわからない雑記。
- 何記事読んでも人物像、心情の一切見えてこないブログ。
- おすすめ◯◯選、最強の◯◯選、人材紹介系アフィリ、ガジェットや格安スマホ、クレカ記事。
こんなのばっかりだともうさ、、、
こういった、内容もキャラ立ちしていない大多数と同じ記事しか書いていない人が、見た目まで他の大多数と同じテーマを使っていると。
見た人の感想は「なんかどれも似たり寄ったりだな。」「印象に残らない。」
有料テーマのどれだとかを知っている私ですら、そう思うのです。
ブロガーでない一般の人なんて、これがなんのテーマだとか、はてなとかワードプレスだとか知りません。だから、完全にまずタイトルやデザインといった見た目で判断します。
「なんか前見たやつ(全く別の人の)と、また同じようなブログだな。」
こんな風に思われそうじゃないですか?
アフィリエイターになりたいんだったらまた別問題かもしれませんが、ブロガーとしてやっていきたい人に、没個性って死活問題だと思うんですよね。
こんな大多数と同じ記事の量産をし、同じ見た目で書いている人が、ツイッターでは「名前@◯◯ブロガー」、みたいに名乗っている。
他の人とこう差別化しよう、みたいな戦略、もっと考えようよ。
もちろん、書いていく中で自分の得意がわかってくるものなので、最初っからはできないかもしれませんが。
いろんなブロガーがいていいと思うんです。顔出しするもしないも、収益化するもしないも、雑記も特化も。本人の好きでいいと思うんです。
ただ、ブロガーって、多かれ少なかれ、「自分が発信した情報が相手の役にたつ(感情を起こす、なども含む)」からこそ読まれると思っていて。
その時に、「自分が」のところがない人が多すぎるなと。内容も他の人と同じ、見た目も他の人と同じ、では、あなたが書く価値ってなんなの。
もうちょっと、「自分が」のところを考える人がいてもいいんじゃないかなと感じる。内容をガラッと変えるとかってすごく難しいと思うけど、自分に一番合った見た目にしていくことならそんなに難しくないと思う。テーマに限らず。
ストークを否定しているわけじゃないんだよ。むしろ見やすくていいと思うよ。
たださ、そんなにみんなしてそれ使って、同じような◯◯選とか、おすすめ人材紹介記事書く?あなたがなりたいのって、わざわざ他の人に埋もれるブロガーなの?なんか考えてる?
まだストークで、他の人と同じような記事書き続けるの?
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じゃあまた。
なお
朝型になりたい夜型人間に送る、たった一つの朝起きる方法
部屋に窓から朝日がたくさん差し込むように寝る
次の日の朝に光で目がさめる
昼夜逆転人間が朝型人間になったことによる変化
逆に、起こされず熟睡したい時は
太陽を味方につけて、自然のリズムで目覚めよう
絶景オーシャンビューの淡路島おしゃれカフェ、ミエレ(miele)レポ
こんにちは。
淡路島で台風前日の強風に襲われているなおです。
もうすぐ都内に帰る前に、ためた淡路島情報を一気に排出して帰ろうと思います。
ということで、淡路島に来たなら絶対行って欲しい絶景おしゃれカフェミエレのレポします。
- 淡路島の白い海辺カフェレストラン「ミエレ(miele)」情報
- 頼んだメニュー①ハニーフレッシュジュース500円(オススメ度★★★)
- 頼んだメニュー②4種のチーズとはちみつのピザ1400円(オススメ度★★★★★)
- 頼んだメニュー③淡路牛バラはちみつカレーM1150円(オススメ度★★★★)
- どこからでもオーシャンビューの景色
- 景色よしフードよしインスタ映えよし(⇦重要)の人気カフェ
淡路島の白い海辺カフェレストラン「ミエレ(miele)」情報
「ミエレ」はイタリア語ではちみつの意味。
はちみつを使った料理がどれもおいしい。
淡路島北東部。フェリーのつく岩屋ポートを始め、主要スポットを回っている無料シャトルバスで20分ほど。(⇦岩屋ポートから乗った場合)
ミエレHPはこちら。
食べログはこちら。
頼んだメニュー①ハニーフレッシュジュース500円(オススメ度★★★)
他の2種類もきれいで迷ったけど、一番オーソドックスなジュースをオーダー。
最初運ばれてきた時、見た目で「え、オレンジジュースやんww期待外れw」
と思ったけど飲んでみるとすごい。
オレンジとはちみつの他にないマッチさ。暑い日に最適。すぐ飲み干しちゃいました。
頼んだメニュー②4種のチーズとはちみつのピザ1400円(オススメ度★★★★★)
チーズとはちみつが好きならば絶対頼んで欲しい。看板メニューの1つ。シェアにぴったり。
しょっぱさ&たまにあたる少しくせのあるチーズ&はちみつの甘さの絡みが最高。
淡路島ガイドのミエレ紹介にも、このピザが載っていました。
注意:嬉しいことに、ここのピザ、というかメニュー全般、大きめです。予想の1,5倍くらいの大きさとおなかいっぱいさになることを考慮して頼んでね!
私も一緒に行った友人(男性、少食)も、ピザ半分ずつでかなりおなかいっぱいになりました笑
頼んだメニュー③淡路牛バラはちみつカレーM1150円(オススメ度★★★★)
Mにしてよかった!!!ピザだけでもう7割くらいおなかいっぱいなのに、カレーも贅沢に大きい。野菜と淡路牛ゴロゴロ。
一口食べて、あれ?カレー?という不思議な味がします。
食べ慣れてくると、どっちかというと野菜を和えるソースに近いようなあっさり目のカレー。はちみつを多く使っているからか、まろやかで全くくどくない。普通のカレーと全然違う。一緒にしたらお互いに失礼なくらい違う。
どんなレシピで作っているんだろう、ここでしか味わえないオンリーワンのはちみつカレー、これまたおすすめ。
どこからでもオーシャンビューの景色
ほらこんなにすぐ海。運良く窓側の席に案内されました。ラッキー。
窓側じゃなかったとしても、どの席からでも海がすぐ隣に見え、風が通って気持ちいい。
人気だから昼時は並ぶよ!混むよ!
注意点として、平日もいつも混んでいます。人気なのです。なので次の予定がギリギリみたいな方にはおすすめしません!笑 私たちは平日13時に行って30分くらい待ちました。
やっぱりほとんど20代男女、おしゃれな若者ばっかり。みんなどっかから調べてくるんでしょう。
景色よしフードよしインスタ映えよし(⇦重要)の人気カフェ
席数がごくふつうのカフェくらいしかないので、並びます。人気。でもそれ以外の点では大いにおすすめ。淡路島フォトジェ旅行したい方、ぜひぜひ行ってみてね。どれもおいしくて大満足です。もう一回行きたかったな。
ミエレHPはこちら。
食べログはこちら。
書き手のツイッターはこちら。
じゃあまた。
なお